大判例

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名古屋高等裁判所 昭和43年(う)157号 判決 1968年6月27日

本店所在地

名古屋市中区橘町二丁目六番地

合資会社

播磨屋井上藤次郎商店

右代表者代表社員

井上芳雄

本籍並びに住居

名古屋市中区橘町二丁目六番地

会社役員

井上芳雄

大正五年一二月一日生

右両名に対する法人税法違反被告事件につき、昭和四三年二月七日名古屋地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人両名より適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官船越信勝関与の上、審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人石原金三名義の控訴趣意書に記載するとおりであり、これに対する答弁は、名古屋高等検察庁検事船越信勝名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここに、これを引用する。

一、控訴趣意第一点(事実誤認)について。

所論の要旨は、原判決は、原判示第一ないし第三のとおり被告人等の法人税逋脱を認定したが、右認定の中、被告人会社代表者井上芳雄の給料額算定には誤りがあり、このため、ひいては逋脱税額を全体として被告人等の不利益に多額に認定するという誤りを犯している。すなわち、原判決は、被告人井上芳雄の代表社員としての給料額を、同被告人の実弟井上幸三郎が支給を受けた給料額の五割増の金額と認定したが、これは不当である。被告人会社は、合資会社とはいえ、実質的には被告人井上芳雄の経営する個人営業といつてよいものであり、同被告人は、被告人会社の営業、経理の全般を統括支配しているのに対し、井上幸三郎は、その従業員の立場に過ぎないから、比較にならず、両者の給料を一対一・五の割合に算定する根拠がない。のみならず、被告人井上芳雄の一家は、同被告人の給料を主体として生活がなされているとみるべきであるのに、右給料では到底現実の生計費、預金の発生等を賄う余地がなく、生計の実状には全く合わないのである。これを要するに、右給料額の認定は、不当に少額であつて、合理的根拠を欠くものであり、これは原判決がその証拠の取捨判断を誤り、給与額算定の基礎を誤つた結果事実誤認を犯すに至つたものである、というのである。

よつて、本件記録を精査し、各証拠の内容をつぶさに検討するに、原判示事実は、原判決挙示の証拠を総合することにより所論の点を含めて優にこれを認定することができる。

所論は、原判示被告人井上芳雄の給料額の算定は、生計費、預金発生等の実状を無視したもので、不当に少額である旨主張するが、右給料額の算定は、前掲各証拠に徴し、これを肯認すべき充分の根拠が認められる。殊に、原判示の被告人井上芳雄の代表社員としての本件各年度給料額は、被告人会社と同種事業を営む法人の中、その事業の規模、実績において被告人会社に類似する法人の代表社員の本件各年度毎給与と対比しても、これに優るとも、決して劣る額でないことが認められ、その他各資料によつて客観的に適正妥当な給与と言う、ことができる。そして、他に右認定をくつがえすに足る資料はない。

本来、法人の営業経費として損金に算入されるべき給与とは、法人の役員が当該法人から、その業務執行の対価ないし報酬として与えられる定期的なものであり、あらかじめ、その支給額が定められている建前である。しかも、これらの給料は、無条件に損金に算入することが認められているのではなく、客観的、実質的に適正且つ妥当な支給額の範囲に限り認められるものに過ぎない。このことは、改正前の法人税法施行規則第一〇条の三第一項(過大な役員報酬の損金不算入)の法意に照らし明らかなところである。従がつて、原判示認定には所論の如き事実の誤認はない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意第二点(量刑不当)について。

所論の要旨は、被告人らに対する原判決の量刑は、重きに失し不当である、というのである。

よつて、本件各証拠により認められる本件事犯の動機、態様、被告人会社の経営規模及び業態、事犯後の情状、殊に、本件三期間の逋脱額合計は一、二一五万八、七五〇円に達する事犯であること、その二重帳簿備え付け等による脱税の手段方法等を考慮すると、犯情は決して軽くないのであるから、原判決の量刑(被告人会社に対し罰金二〇〇万円、被告人井上芳雄に対し懲役八月(執行猶予二年)及び罰金一五〇万円)は相当というほかはない。所論にかんがみ、本件後の情況、殊に、逋脱税額を完納したこと、その他被告人らの利益の情状と認め得るものをすべて斟酌しても、右量刑は重すぎるとは認められない。趣旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条に則り、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小淵進 裁判官 村上悦雄 裁判官 西村哲夫)

昭和四三年(う)第一五七号

控訴趣意書

法人税法違反

被告人 合資会社播磨屋井上藤次郎商店

被告人 井上芳雄

右被告人両名に対する頭書被告事件について、弁護人は左の通り控訴の趣意を提出します。

昭和四十三年五月十日

右両名弁護人 石原金三

名古屋高等裁判所

刑事第二部 御中

第一点 原判決は判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある。すなわち、原判決は被告会社代表者井上芳雄の給料額算定を誤り、ひいて逋脱額を被告人等の不利益に多額に認定した。

一、検察官が主張した井上芳雄の給料額は、

(一)最初実弟井上幸三郎に対して、支給した給料実額を基準とし、推定計算をした。(浅野鉦一の証言一九〇丁乃至一九二丁)

(二)次に検察官は、実弟井上幸三郎に対して、支給した実額の五割増の金額をもつて給料額と認定した。(同右証言一九五丁)

として、井上幸三郎の給料

昭和三七年度月額 七〇、〇〇〇円(十二月は七三、〇〇〇円)

昭和三八年度月額 七三、〇〇〇円(十二月は七七、〇〇〇円)

昭和三九年度月額 七七、〇〇〇円(三月より九〇、〇〇〇円及び十二月は一〇〇、〇〇〇円)

に対し、井上芳雄分を、

昭和三七年度月額 八五、〇〇〇円(十二月は九三、〇〇〇円)

昭和三八年度月額 九三、〇〇〇円(十二月は一一五、五〇〇円)

昭和三九年度月額 一一五、五〇〇円(三月より一三五、〇〇〇円及び十二月は一五〇、〇〇〇円)

と算定し、右給料額は類似法人の代表者の給料と比較して妥当であるというものである。

二、しかしながら、右算定には次の矛盾が存し、到底首肯し得ない。

すなわち、

(一)被告会社は同族会社であるが、実質的には被告人井上芳雄所有の店舗を使用する同人の個人営業といつてもよく、同被告人が営業、経理の全般を統括支配しており、これに対し、井上幸三郎はその従業員であつて(同右証言二一四・二一五丁)、両者の給料を一対一・五の割合に推定する根拠は何もない。(同右証言)

(二)被告人井上芳雄の家族の生計費及び預金の発生等の状況を検討すると、前記給料額では到底資金不足で生活はとにかくとしても、預金ができる可能性は全くないのである。

(同右証言二〇四・二〇五・二〇六丁)

しかるに予金の発生、保険掛金等の存在することは事実であり、国税局も容認したところで、その額は年間一〇〇万円前後であり(記録二二二・二二三・二二四丁)、家族の生計費は一ケ月約一五万円乃至一九万円余であつたことが優に認められるのである。(同右証書二〇四丁、井上静子の証言二七六丁以下)

(三)類似法人の代表者の給料はいずれも公表している数額であつて、(浅野鉦一の証言二一二丁)右代表者等が簿外給与を受け取つていないことを保証するものは何もなく(被告会社同様の方法による調査をしていない)、本件井上芳雄の実際的給与と比較することは、その前提における誤りがあり、それをもつて比較することは、一種の欺罔手段である。被告会社の同業者の全部が何等かの調査を受けた結果、青色申告の特典を取消されていること(井上芳雄の供述二九四丁以下)。業界全般に簿外仕入及び売上除外が慣行的になされていたと推測されること(証人斎藤健太郎、同木村昇の各証書二四四丁・二五九丁・二六〇丁)、等によれば、前記類似法人の代表者の公表給与もそれが事実と相違している疑いはきわめて濃厚なのである。

(四)被告人井上芳雄が法人の利益処分たるボーナスを受領している事実はないので、同被告人の給料を主体として生活がなされているとみるほかなく、生計費に不足する給料では生活できないのであると同時に、前掲預金の発生した根拠を不問にすることは許されないのである。

三、以上のような矛盾があるのに、検察官の主張額をそのまま認定することは相当でない。

被告会社は本件査察後(昭和四〇年度)、被告人井上芳雄の公表給料額を直ちに金二〇万円に訂正し、国税局員も同被告人の給料は金三〇万円でも三五万円でもよいといつていた事実(井上芳雄の供述三〇九丁)や、二年後に金三〇万円にしている事実をみれば、少くともこれに接着する本件起訴にかかる事業年度において、月額二〇万円に近い給料を受取つていたとしてもこれを否定する理由はないであろう。被告会社の事業所得の実際と、被告人井上芳雄の生計費及び貯蓄等の実態に鑑み被告人井上の給料額が、少なくともその生計費及び貯蓄額等に見合つたものでなければならないというもつとも合理的理由に基いて、被告人井上の給料額を決定すべきである。検察官のなした給料額の算定は一見合理的の如くであるが何等の根拠がなく、にわかにこれを認定した原判決は、証拠の取捨を誤つたか、若しくは審理不尽の結果重大な事実の誤認を犯したものである。

因て原判決は破棄を免がれない。

第二点 原判決は刑の量定が重く不当である。

すなわち、本件犯罪はこれを犯すに至つた原因動機が業界全体の慣習的な悪例に影響されたもので、被告会社のみを責め難い事情があり、その逋脱額は今日全部完納して、改悛の情顕著なるものがある。

特に査察に対してその非を悔い、全面的に協力して調査を早期に終了せしめた点は格別犯情を汲むべき余地があるものと思料する。

しかるに、被告会社に対し、罰金二五〇万円、被告人井上芳雄に対し、懲役八月(但し二年間執行猶予)、及び罰金一〇〇万円に各処する言渡をなした原判決は不当に重いので、これを破棄し、更に適正な御判決がなされるべきである。

以上

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